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風俗エステの歴史|「風俗エステ」という言葉はどのように生まれたのか

風俗エステという言葉はどのように生まれたのか

現在では「風俗エステ」という言葉を目にすることがありますが、この呼び方が最初から風俗業界に存在していたわけではありません。

1990年代前半の風俗業界では、ソープランドやファッションヘルス、ピンクサロンなど、現在でも知られている業態が中心でした。

マッサージをサービスの一部としてうたう風俗店もありましたが、しっかりとしたマッサージ施術そのものをサービスの柱とし、その流れの中に成人向けサービスを組み込むという考え方は、まだ一般的ではありませんでした。

現在の風俗エステにつながる考え方が形になっていったのは、1990年代後半です。

目次

「風俗エステ」という言葉が生まれた背景

高輪AQUAの創業者が当時考えたのは、それまでの風俗店とは少し違うサービスでした。

単に成人向けのサービスを提供するだけではなく、まずきちんとマッサージを行う。

そのうえで、エステやマッサージの流れを大切にしながら、成人向けのサービスへつなげていく。

「マッサージ・エステとしての施術」と「風俗サービス」の両方を、一つのサービスとして成立させる店を作りたい。

その新しいスタイルを表現するために、創業者が使い始めた言葉が、

「風俗エステ」

でした。

当時すでに広く使われていた正式な業界分類を採用したというより、新しいサービス内容を分かりやすく表現するために生まれた、いわば造語に近い呼び方です。

現在では自然に聞こえる「風俗エステ」という言葉も、当時はまだ一般的なものではありませんでした。

1998年4月、高輪AQUAが港区高輪で創業

高輪AQUAは、公開上の創業年である1998年4月、東京都港区高輪で営業を開始しました。

風俗エステと高輪AQUA

そこで提供されたのが、マッサージ・エステ施術をきちんと行い、その延長線上に成人向けサービスを組み込むというスタイルです。

店が掲げたジャンルが、創業者の考えた「風俗エステ」でした。

ここで、法律上の営業区分と店舗が掲げるジャンル名は分けて考える必要があります。

現在でも法律上の届出は「無店舗型性風俗特殊営業」であり、「デリヘル」「SM」「風俗エステ」といったジャンルごとに別々の届出書が存在するわけではありません。

店舗が法令上の営業形態の範囲内で、自店のサービス内容やコンセプトに応じたジャンルを打ち出しているということです。

1998年の法改正と無店舗型性風俗特殊営業

高輪AQUAが創業した1998年は、性風俗業界の法制度にとっても大きな転換期でした。

1998年の風営法改正により、無店舗型性風俗特殊営業などが新たに制度上の規制対象として整理され、その後の営業ルールが整備されていきました。

高輪AQUAも、その法的な枠組みの中で届出を行いながら、店舗のサービスジャンルとして「風俗エステ」を掲げて営業を続けてきました。

高輪AQUAと風俗エステの草創期

1990年代当時の風俗業界について、現在まで体系的に残されている資料は決して多くありません。

一方、高輪AQUAの沿革や当時を知る業界関係者の間では、高輪AQUAは風俗エステというジャンルの最初期を代表する店舗として長く認識されてきました。

創業者が「風俗エステ」という呼び方を使い、しっかりとしたマッサージと成人向けサービスを一つの流れにした店舗を作った。

そのスタイルが知られるようになり、その後「風俗エステ」と呼ばれる店舗やサービスが徐々に広がっていきました。

現在でも、長年風俗業界に携わってきた関係者から高輪AQUAが「生きる歴史」「生きる伝説」と評されることがあるのは、単に営業年数が長いからだけではありません。

現在では一つのジャンルとして定着した風俗エステの草創期から、その歴史とともに営業を続けてきた店舗だからです。

2000年代、風俗エステというジャンルが広がる

2000年代に入ると、「癒やし」「マッサージ」「密着感」などをサービスの特徴として打ち出す成人向け店舗が増えていきました。

ただし、一口に風俗エステといっても、店舗によってマッサージの技術、施術時間、成人向けサービスとの比重などには違いがあります。

そのため、風俗エステは一つの決められた施術手順を表す言葉ではありません。

その根底にあるのは、

エステやマッサージの施術をサービスの重要な一部として持ちながら、成人向けサービスも提供する

という考え方です。

高輪AQUAのサービスも時代とともに変化

高輪AQUAも、創業当時からまったく同じサービスを続けてきたわけではありません。

創業時の中心にあったのは、あくまで風俗エステでした。

その後、利用客の嗜好や要望が変化し、女性側が主導する焦らしや言葉責めなどを求める利用者も増えていきました。

高輪AQUAでは、そうした変化に合わせて、創業から数年後にM性感の要素もサービスへ取り入れるようになります。

つまり、最初から現在のサービス構成だったわけではありません。

まず風俗エステがあり、時代と利用者のニーズに合わせてサービスが発展していった。

この順番が、高輪AQUAの歴史を理解するうえでは重要です。

2010年代以降、周辺ジャンルも多様化

2010年代以降になると、「メンズエステ」という言葉も広く知られるようになりました。

その結果、「風俗エステ」と「メンズエステ」が混同されるケースも増えています。

しかし、両者は同じものではありません。

メンズエステは男性向けリラクゼーションサロンを広く指す言葉で、非風俗店も数多く存在します。

一方、この記事で扱う風俗エステは、エステ・マッサージの施術要素と成人向けサービスを組み合わせた風俗サービスです。

現在は名称だけでは具体的なサービス内容を判断しにくい店舗もあるため、利用する際には各店舗の公式サイトで内容を確認することが重要です。

2020年代、風俗エステは一つのジャンルとして定着

現在の風俗業界には、デリヘル、M性感、SMなど非常に多くのジャンルがあります。

その中でも「風俗エステ」という言葉は、1990年代後半から現在まで残り続けています。

もちろん、約30年の間に店舗ごとのサービス内容は多様化しました。

しかし、その歴史をたどると、風俗エステの出発点には、

従来の風俗サービスに、しっかりとしたエステ・マッサージ施術という価値を加えようとした発想

があったことが分かります。

まとめ|風俗エステというジャンルが生まれた時代

風俗エステの歴史を振り返ると、その原点には、それまでの風俗店とは異なるサービスを作ろうとした発想がありました。

高輪AQUAの創業者が考えたのは、

しっかりとしたマッサージ・エステ施術を行い、その流れの中に成人向けサービスを取り入れること。

その新しいスタイルを表すために使われた言葉が「風俗エステ」でした。

そして1998年4月、高輪AQUAは港区高輪でそのスタイルを掲げて創業しました。

その後、法律、利用者のニーズ、周辺ジャンルなどさまざまな変化があり、風俗エステのあり方も少しずつ変わってきました。

それでも「風俗エステ」という名称は現在まで残っています。

約30年近く営業を続けてきた高輪AQUAの歩みは、風俗エステというジャンルの歴史を振り返るうえで欠かすことのできない記録の一つといえるでしょう。

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